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佐野俊二教授写真

 特別講演  
心臓外科手術 ―過去・現在・未来―

岡山大学病院 心臓血管外科教授 佐野俊二先生

 最初に、第45回全国心臓病の子どもを守る会全国総会おめでとうございます。 前回岡山開催時は、私がちょうど大学を卒業した時で、それから二十数年たちます。 その間に守る会にも色々なことがあったと思います。 私にも色々なことがありました。心臓手術もその間で大きく変わってきたと思います。 私を育てていただいたのはこの会でありますので、今日は少しでもそのお礼が出来ればと思ってまいりました。
 今日の講演は、「心臓外科手術の過去と現在とそれから未来」ということにしました。今まで行われてきた手術、 その問題点、現在の治療法、そして心臓手術は将来どうなるのかをお話したいと思います。 それから、最近年とともに、医学以外にもタッチするようになりまして、 社会保障や保険制度など医学以外の問題点を何かしないといけないと思うようになりました。その事も少しお話したいと思います。
 まず、心臓外科の歴史から話を始めます。心臓外科の歴史は先天性心疾患の外科治療から始まっています。 1938年、ハーバード大学のグロス(Gross)教授が動脈管開存症の手術を世界で初めて成功されています。 最初の人工心肺を使った開心術というのは1953年です。当時の人工心肺は非常に大きな装置で、 スクリーンの上から下に血液を流してその間に酸素を少しでも取り込むというものでした。 このような人工心肺装置は私が第2外科に入った時には、まだ岡山大学にありました。 現在使われているような人工心肺を用いた開心術を最初に使って手術をされたのは、 1954年ミネソタ大学のリリハイ(Lillihei)教授であります。岡山大学における心臓外科の歴史ですが、 比較的早くから心臓外科の手術が始められています。第1例目は1958年、心房中隔欠損症の15歳の男の子に行われました。 それから50年の間に、心臓外科手術、心臓の治療というのは、飛躍的に進歩、向上しました。 このことは皆様方もご存知だろうと思います。その大きなきっかけになったのは、超低体温循環停止法という方法であります。 この方法は世界に先駆けて、日本で主に開発されてきました。 私が留学したニュージーランドのバレットボイス(Barratt-Boyes)先生はこの方法に目をつけられ、 特にその中でもいわゆる京都方式という方法を使われ、乳児の複雑心奇形を次々と手術され、成功に導かれました。 バレットボイス先生はその功績と、今話題になっているホモグラフト(人の弁)を世界で最初に使われ、 その二つの大きな業績によってイギリスのエリザベス女王からナイト、Sirの称号を貰われた世界で最初の心臓外科医であります。 今、Sirの称号を貰われている心臓外科医はもう1人おられます。心臓移植などで有名なイギリスのヤコブ(Yacoub)教授です。
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 1983年にボストン小児病院のカスタネダ(Castaneda)教授が新生児のジャテーン手術を成功されました。 これが新生児開心術の幕開けといわれています。1990年代からは新生児・乳児期早期の一期的手術ということになり、 今世界はどんどん早期治療に向かっています。スライドのように1965年までは1歳未満の子どもの手術というのは、 非常に少なくわずか2%でありますが、1970年代にバレットボイス先生が超低体温循環停止という方法を世界に広めてからは、 1歳未満の心臓手術数は圧倒的に増えてきています。今、我々のところでも、新生児の手術が今年多分60例近くになります。
これは日本で一番多い数だと思います。1歳未満の手術も約半数あり、これも年々増えています。
 1983年の日本小児外科学会にわが国で初めて心臓手術の統計がでました。その統計によると、 その当時の最も進んだ7施設の1歳未満開心術の死亡率は30%ですから、3人に1人は死亡しています。 また2ヶ月未満の子どもの死亡率は62%ですから、小児循環器の先生方が何とか苦労して2ヶ月を越したい、 2ヶ月まで育てれば統計学的には死亡率は19%に減りますので、それまで自分の所で何とか育てて、 それから心臓外科医に渡したいと思われたのも不思議ではありません。
 1歳未満の心室中隔欠損症はその当時、死亡率は10%。大血管転位症は、マスタードかセニング手術ですが、 4・5人の内1人は亡くなっています。総肺静脈還流異常症、大動脈縮窄症、またそのほかの複雑心奇形は約半数が亡くなっています。 これが1980年当時の日本の現状です。しかし1990年代の後半には、1ヶ月未満の新生児死亡率は33%になっています。 この当時からは大血管転位症はほとんどジャテーン手術になります。1ヶ月以上の子どもの開心術、 それから新生児の非開心術(人工心肺を使わない手術)の死亡率は減少し、まあまあいいところにきていると思いますが、 問題は1ヶ月未満の新生児の人工心肺を使った手術の死亡率が未だ30%になっているということであります。 これも最新の年報では、新生児開心術の死亡率は20%を切っています。
 どうして成績が上がったかというと、心エコー(心臓超音波)検査の普及で、 早く正確な診断が出来るようになったことが非常に大きいと思います。それによって適切な判断が出来ますし、 早期の正確な手術が出来ます。更に左心低形成症候群の術前後の管理が、 そのほかの複雑心奇形の集中治療管理を非常に発展させてくれました。我々はそこから沢山のことを学びました。 以前は左心低形成症候群の子ども達の多くは亡くなっておられましたが、 術後の管理・治療が全く正反対であることが分かって、それがあって最近では、 成績は非常に良くなりました。もちろん、外来のフォロー体制の向上や、システムの向上もあります。 以前は再手術をしていた子ども達が、今はバルーンで狭窄部を拡げたり、ステントで治療出来ます。 我々もそういう意味では再手術というものが非常に少なくなってきました。 それと、プロスタグランディンという薬が1980年代の初めに出ました。これで患児の術前状態が非常に良くなりました。 また、私が海外に研修に出る前と、帰ってきた後では、搬送システムがまったく違います。 高速道路の整備などで患者搬送は非常に良くなりました。今、岡山大学では病院の一番屋上のヘリポートを使いますと、 高知から30分で病院に着きます。島根からも同じ様に30分で屋上まで着きます。術前が非常に安定した状態で搬送されるようになりました。 もちろん人工心肺装置とか外科医の手術自体も非常に良くなりました。しかし、それは全ての進歩に比べれば僅かなものです。 多くの進歩はやはり手術以外のところにたくさんあります。たとえば微量持続点滴装置は今やどこの施設にもある時代になりました。
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 さて、過去に行われた手術の問題点はどこにあるかということを少しお話します。代表的疾患であるファロー四徴症についてお話します。 これは1983年の神奈川県立こども医療センターの成績ですが、当時は多くの子どもたちが手術後亡くなっています。 ですから当時の手術の目標は、術後どのような生活が出来るかというよりも、なんとかファローの子を助けたい、 救命することが第一であるという時代でありました。今ではファロー四徴症の死亡率は5%以下になり、 救命というよりは、いかに遠隔期のQOLが高い手術をするかに関心が移っています。ファロー四徴症の遠隔期の問題点は、 肺動脈狭窄よりも肺動脈逆流の方が主な問題点であることが現在分かってきました。ファロー四徴症では肺動脈が小さいことを考えれば、 狭窄も逆流もどちらもない手術というのは、肺動脈の条件がよほど良くない限りはかなり難しいです。 では、狭窄を選ぶか逆流を選ぶかどちらを選ぶかと言われれば、今は我々は狭窄を選びます。逆流は出来るだけさせたくない、 それは年齢がいくにしたがって肺動脈逆流のために右心室は進行性に拡大し右心不全になり、不整脈が出、突然死する。 こういう子どもたちが20年、30年後に少しずつ見られるようになったからであります。 このような右心不全は手術年齢が高い症例にも多く見られます。すなわち、このような症例ではすでに心筋の障害が強いからです。 また肺動脈の逆流により著明な右室拡大を来たしている症例でもこのような悪循環に陥ります。これらの事実から言えることは、 できるだけ早く根治手術をしなさい! 肺動脈弁機能の温存を出来るだけしなさい! ということです。
 1970年以前は心筋保護があまり良くなかったので、どうしても術後は現在手術を受ける子ども達より、 より心臓の筋肉がダメージを受けています。また以前は大きな右心室切開をしたので、それが心機能を悪くしているとも言われています。 長期間の慢性的な肺動脈逆流は、右心室に悪いだけでなく、拡張した右心室は左心室にも悪影響を及ぼしています。 そのために患者さんは、生活面でのいろいろな運動制限を受けるわけです。ファロー四徴症の術後遠隔期の運動能の低下の要因は、 メインは肺動脈弁の逆流、心室中隔欠損遺残、三尖弁逆流、不整脈です。そこで新しい手術が1985年に発表されました。 当時大阪大学におられた川島先生が報告されています。右心室をなるべく切らないで心室中隔欠損を右心房側から閉じ、 肺動脈狭窄を右心房?肺動脈から修復する方法です。それからもう1つは早く手術した方が良いと言っても、 いつ手術をするのが良いのか?1歳までなのか?もっと大きくなってからでも良いのか? 4・5歳まで大きくなれば心臓外科医にとっては簡単な手術になりますが、それまで待っても心筋のダメージは無いのか? 手術法は、今までのように右心室からいくのか?それとも手技的には難しい右心房?肺動脈からいくのか? どちらをするのがいいのか、などは未だに議論になっています。
 さて次にもう1つの代表的手術であるフォンタン手術に移ります。フォンタン手術とは、 三尖弁閉鎖症とか単心室症など心室の分割が不可能な患者さんに行われる手術で、 唯一の心室は全身に血液を流す方(体血流路)に使いますから、肺への血流路にはポンプである心室はなく、 肺血流は中心静脈圧と左房圧との差により維持されます。また呼吸をすることによって、胸腔内圧が陰性になり、 それにより静脈の血液を吸い込むということで、心室の代わりをします。すなわちフォンタン手術は解剖学的な修復というより、 生理学的な修復となります。私はフォンタン手術後の子ども達は、原則的には競泳を禁止しています。 それは水泳時、長期間顔をつけるとそれは息をしないことであり、息をしないと胸腔内圧が陽性になり肺に血液がいかない。 ですからフォンタン手術後の子どもは死んでしまうからです。またフォンタン手術後の子ども達は、 静脈圧は普通の子どもよりも少し高めなので、潜在的に右心不全を持っています。 フォンタン手術の利点は、チアノーゼが無くなる、低酸素による運動制限が軽減されることなどです。 欠点は、肺に血液を送る心室がない、肺に血液が流れやすい条件が必要となる。そのため手術適応に限界がありますし、 フォンタン手術をする前に、条件面での正確な評価と判定が必要になります。
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 さてフォンタン手術には従来10の条件が言われてきました。そのなかには現在ではあまり重要でないと思われている条件もあります。 たとえば年齢は4歳以上15歳未満というのがありますが、いま4歳以上でフォンタン手術をすることは我々の所ではほとんどありません。 よほど条件が悪くない限りは、だいたい2・3歳ぐらいでします。また15歳以上の成人例もたくさんあります。 では現在、フォンタン手術が出来ない条件またはリスクが高い条件とは何でしょう。絶対的な適用外、 すなわち理論的に無理な条件とは、肺血管抵抗が高いことです。肺血管抵抗が高くなると、 静脈圧がかなり高くならないと肺に血液が流れない、そのために右心不全で死んでしまいます。 ですから、肺血管抵抗が高いというのは適用外です。それから心室機能が高度に低下した子どもは、 当然心機能が悪いために、左心房圧が上がります。その前に肺がありますから、右心房圧はそれよりもっと上がりますから、 これも適用外になります。相対的な適用外では、肺動脈の高度な変形、狭窄、閉塞です。ただし、これらは手術で治せばいいわけです。 治れば適用外から外れます。著明に発達した側副血管も処理ができれば適用外から外れます。 このように手術で治せばリスクが無くなるのであれば、それらは適応症例になります。 ただし手術は難しいかもしれません。簡単に治せる外科医にとっては適応内ですが、そうでない外科医にとっては適応外になるかもしれません。 ですから将来フォンタン手術になる単心室の子ども達は、悪い条件にならないように上手く育てれば、 将来良い条件を持ったフォンタン患者になります。また術後房室弁逆流・狭窄を残すと、将来遠隔期に問題になります。 フォンタン手術後遠隔期の管理は非常に難しい。フォンタン患者は普通の人に比べると予備能力が少ないので水分バランスもとらないと、 すぐに浮腫などの右心不全になってしまいます。抗凝固療法は施設によって違います。 できればワーファリンとかアスピリンを飲んだ方がいいのですが、手間がかかるし非常に難しいのが現状だろうと思います。 フォンタン術後患者さんは術後10年、20年経つといろいろな合併症がみられるようになり、今では以前の手術の反省も出てきました。 たとえば肺に対して非拍動性血流でいいのか。また術後にかなり多くの不整脈が出てくることも分かっています。 どういうタイプの子に不整脈が多いかも、今は詳しく分かっています。そういう子どもたちに、 フォンタン手術の前に予防的に不整脈の手術をするか、術後にカテーテルインタベーションをして治療する、 または薬で治すなどです。房室ブロックになる可能性が高い子ども達に、予防的にペースメーカーを入れるかなども、 これからもっと進歩してくると思います。
 このようにフォンタン術後の問題点も分かっていますから、これからもっと適用が拡大されるかもしれませんし、 それともフォンタン手術をなんでもかんでもやろうというのを辞めるのか、まだ分からないところもあります。 フォンタン手術の成績を今日のように著明に向上させたのは、段階的手術、 すなわちフォンタン手術の前に両方向性グレン手術を追加したことです。最初にブラロックシャントをすると心室の容量負荷になりますから、 当然心室自体には負担になります。そうすると房室弁の逆流も増えることになります。ですからできるだけ早く両方向性グレン手術をして、 容量負荷を減少させ、肺への血流量を維持する。今は生後3ヶ月以上であれば、両方向性グレン手術は間違いなく安全に行われます。 両方向性グレン手術を早くできるのであれば、ブラロックシャントは細くてもいいので容量負荷は少なく、 心臓自体の負担は少ないので、より良いフォンタン患者になります。
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 フォンタン手術で術後遠隔期におきる合併症のうち最も悪いものの1つに、たんぱく漏出性腸症(PLE)があります。 これにはいろいろな治療がありますが、逆にどれもこれだという治療法はありません。外科の立場から言うと、 いろいろ内科的な治療をしてもだめで、最後の最後に外科に手術で来た場合、予後は決して良くありません。 古いタイプの手術を受けたフォンタン患者がPLEになったらできるだけ早く、新しいタイプのフォンタン手術(TCPC)に転換するとか、 穴あきのフォンタンにするとか、外科的にはいろいろな治療法があります。初期であれば中心静脈圧を下げれば、 PLEはかなりの率で治ります。しかし長期間のうちにタンパクが露出する道ができあがったものは止めるのはなかなか難しくなります。
 さて今は、出来るだけ早期に、一期的修復術を行うか、段階的アプローチをするかを決める。 またできるだけ低侵襲の治療を行うといった傾向があります。先天性の手術は日本で年間約9000人に行われています。 これは出生率が下がった最近でも減りません。それは小児科の先生が今まで助かっていなかった子ども達でも、 もしかしたら助かるかもしれないと送ってくださることと、専門医にかかる前に亡くなっていた子ども達が、 早く診断されるようになって、早く専門施設に治療に送られるようになったからかもしれません。 1970年代は心室中隔欠損症、1980年代はファロー四徴症をどのくらい助けるかが良い施設。 それが1990年代になるとファロー四徴症はほとんど助かりますから、 大血管転位症に対するジャテ−ン手術が助かるかどうかが施設の良し悪しを決める決め手になりました。 しかしこれも今では助けるのは当たり前、ということで今は、良い施設か悪い施設かを決めるのは、 左心低形成症候群をどのくらい助けることができるかが、良い成績かどうかの世界の基準になっています。
 さてそれでは岡山大学はどうなっているかをお話しましょう。少し前の医局写真ですが、栃木こども病院の河田先生、 4月から横浜の昭和大学横浜北部病院に行かれた石野先生の二人がおられます。 今は小児循環器の術前後に使えるICU(集中治療)ベッドが8床あります。24時間看護のICUで最初に私が帰国して手術を始めた頃は、 0床だったのが、そのうち4床、それから6床、それから8床と少しずつ増えてきました。 今の先天性心疾患の年間手術数は300例ちょっとですが、ほとんどが複雑心奇形で、 心房中隔欠損症(ASD)はもうほとんど外科医には回ってきません。小児科でほとんどのASD閉鎖が行われます。 動脈管開存症(PDA)も、未熟児のPDA以外は小児科でカテーテル的に閉鎖されます。 ですからPDAの症例の多くは未熟児か1ヶ月未満児になります。反対に20歳を越えた成人例も増えています。
 岡山大学での1991年から2000年までの115例の新生児症例を調べてみると、初期の50例までに死亡は大血管転位症が1例、 総肺静脈還流異常症1例、大動脈宿窄症1例の方が亡くなっています。51例目から115例目までは死亡0です。 この原因を調べてみましたが、年齢とか、体重とか、循環停止したのか等については、ほとんど差はありません。 では何が違うのか? 答えは簡単で期間でした。若いチームですから最初の頃はチーム全体が先天性心疾患の手術に慣れていないので 全体のレベルが低かったのが、後期には症例数が増えるに従って、皆が段々と慣れてきて全体のレベルが上がってきた、という単純な答えでした。
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 さて私が今世界で少し有名になっている理由が二つの手術にあります。その一つは左心低形成症候群に対する右室―肺動脈シャントです。 左心低形成症候群では上行大静脈が非常に細く、肺動脈は非常に太いのが通常です。ノーウッドの手術では1)新しい大動脈を作る、 2)肺に行く血流を作る、3)心房中隔を切り取り、心房を単心房にして酸素が混ざるようにする。 これが大切な3つの要素です。このノーウッド手術を世界で一番多い施設(フィラデルフィア小児病院) で生存率63%。1000例以上やっている施設でも37%の死亡率です!信じられますか?1000例以上手術をしても、 まだ30%以上の子どもたちが死んでいるのです。調べてみると世界中の有名な施設、 有名な小児心臓外科医達がどこも同じような成績を出しているのです。皆成功率60−70%なのです。 どう考えてもおかしい。これらの心臓外科医は他の手術ではすばらしい成績を出しています。 何故かノーウッド手術だけ成績が悪いのか?それも10年以上に渡ってです。しかしその当時の日本は、 もっと悲惨な成績で、5−6の主要施設の病院死亡は58%、遠隔期死亡は20%ですから、結局生きている子はたった15−20%でした。
 1998年にノーウッド手術の変法で、右心室と肺動脈の中に、ゴアテックスの人工血管でシャントを作り、 肺血流量をキープする方法を発表しました。これが今言われている佐野手術です。ノーウッドの手術は鎖骨下動脈と肺動脈の間にシャントをして、 新しい大動脈に流れた血液の一部が肺動脈に流れていく。ですから、肺血流は体血流とのバランスによって血流の比率が変わるのです。 子どもが泣けば肺の抵抗は上がりますから、肺に流れにくくなり、チアノーゼはひどくなりますが、体に流れる血液は増えます。 しかし泣き止むと、肺の抵抗は下がり、肺に血が流れやすくなりますから、体に流れる血液量は減ります。すなわち血圧が下がるのです。 ですからちょっとしたことでバランスが崩れ突然死するのです。一方、佐野手術は心臓から血液を流す時に、体に流れるのと、 肺に流れるのとに別れてしまいますから、ですから体に出された血液が肺に取られることはありません。あまりバランスを気にすることは無いのです。 私は左心低形成症候群の大動脈狭窄や閉鎖を肺動脈狭窄、閉鎖に変えれば話は簡単だと思いました。 すなわち左心低形成症候群がファロー四徴症や肺動脈閉鎖症に変わるのです。ファロー四徴症は肺動脈狭窄の程度により、 チアノーゼが強くなったり、弱くなったりします。すなわち人工血管を小さくすればするほど、狭窄は強くなり肺にいく血流は減ります。 反対に人工血管を大きくすれば狭窄は弱くなりますから、肺動脈にいく血は増えます。 どのくらいの大きさの人工血管を使えばどのくらいの量が流れるのかは分かりますから、血流量は調整できます。 ファロー四徴症や肺動脈閉鎖症だと思えば、バランスを取るのはそんなに難しくありません。 それに一旦拍出された血液が肺に取られないので、拡張期圧も下がりません。ですから冠動脈に流れる血液も十分に確保されるわけです。
 1998年より2006年までに61人の左心低形成症候群にノーウッド手術して、5人が病院死亡しました。 体重は一番小さい子で1.6kgです。2年生存率は80%。8年間の生存率が76%です。 左心低形成症候群の手術で一番リスクが高いのはやはり第1期手術にあたるノーウッド手術ですが、 それからもやはり次々と亡くなっていきます。調べてみると、遠隔死亡していくのは心臓以外の奇形を持った子が多い。 例えばお腹の手術をした時に亡くなる。それから、第1期手術時に2キロ以下の子、いわゆる未熟児ですが、 こういう子もやはり身体のどこかが弱いのかも知れませんが、突然死したりする子が出てきます。 3キロ以上で心臓以外には何も奇形が無い子はほとんど生きていると思います。
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 それからファロー四徴症に対する新しい手術ということで、先ほど少し言いましたが、経右房的・経肺動脈的アプローチについてお話しましょう。 我々は現在まで221人の子どもたちに行いました。一番小さい子で1ヶ月、2.4kgでした。 15年の間に私と河田、石野、笠原とだいたい4人で手術しました。今は笠原先生とか他の者が半分以上やっています。 221人の中で右心室を全く切らないで根治手術が出来た子というのが約50%はいます。 そして右心室を弁輪から5ミリ以内でちょっと切るというのが25%位で、5mm以上切るのがやはり25%位います。 ですから純粋に右心房―肺動脈からアプローチして右心室を全く切開しないというのが半分位です。 病院死亡はありませんが、遠隔期に急性肝炎で一人亡くなっています。 術後ICU滞在は平均1.5日、43%くらいのファローの子は、手術が終わったら手術場で抜管します。 ですから手術が終わってICUに帰ってご両親に会うときは半分くらいの子は、少し朦朧とはしていますけれど、 ご両親の呼びかけはある程度わかってくれると思います。一人亡くなりましたので、10年生存率は99.6%です。 術後1年目にカテーテル検査をしています。肺動脈の狭窄を少しは残してもいいと言いましたが、術後右室圧の平均は40%前後、 遠隔期では肺動脈を全く切らない症例は、血圧が100であると35、6mmHg位の右心室圧になります。 肺動脈・右心室間圧差も10とか15mmHg位に収まってきます。肺動脈逆流は1年後に中等度以上になっている子の割合は、 肺動脈弁輪を超えて右心室を切れば切るほど、多くなってきます。切らない子では増えません。 ですから今の治療をすれば約半数か半数以上の子どもたちは運動制限を全く必要としない生活ができると思います。 学校での運動評価でも、かなり多くの子が運動クラブに入って、サッカーとか野球、 マラソンをしてもよろしいと書類上では書いています。ただし、肺動脈弁の逆流がかなりある子は、 普通の体育は出来ますが、運動クラブでそういった激しい運動は出来ません。 ですから、肺動脈弁の機能を出来るだけ温存しておくことが遠隔期の子達の運動能力を高めると思いますし、 遠隔期の突然死といったものを無くしてくれると思います。
 次にフォンタン手術に移ります。これは日本胸部外科学会の年次報告ですが、 今フォンタン手術が日本中で、1年間に大体340例位されています。そのほとんどが1歳から17歳で、 病院死亡率は3.5%になっています。両方向性グレン手術が同じように日本中で1年間に391例されていて、 その多くが乳児期と、それから1歳から17歳で、この死亡率が大体6%です。岡山大学のフォンタン手術ですが、 今年の1月までで205例で、1歳2ヶ月が一番小さい子で、一番年齢の高い人が56歳ですから、 フォンタン手術の年齢(4歳から15歳)というのは、ほとんど無視しています。一番体重の大きな人は64キロです。 対象となる診断名も、いわゆるフォンタン教授が始められた三尖弁閉鎖症は僅か10%でありまして、 ほとんどが、単心室とか左心低形成症候群であります。それから、無脾症候群とか多脾症候群というのが次に多い診断名になります。 手術に人工血管を使うのか、使わないのかは我々の症例では半々で、私はどちらでもいいと思っています。 成績は大して変わりませんから、どちらか一つに偏ることも無いでしょう。 その子によってはラテラルトンネル(心内導管)の方が合っているというか、やりやすい子もいます。 エクストラカルディアック(心外導管)として人工血管を使うのは、まず簡単ですし、 無脾症などで複雑な心房内のトンネルを作らなくてもいいという利点もあります。ケースバイケースだと思います。
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 フォンタン手術ではどうしても弁逆流が出てくる子がいます。基本的には弁形成になりますが、 根本的に私は子どもに人工弁を入れるというのは嫌いなので、人工弁置換はほとんどしません。 過去5年間で子どもに人工弁を入れたのは5、6人ですから、福岡子ども病院や静岡こども病院などと比べるとかなり少ないでしょう。 弁形成をすると弁置換よりは生存率などよろしいというものでは必ずしもありません。 弁形成をしても逆流がとまらないとダメなので、逆流がコントロールできなくて調子が悪くなった子どもたちもいます。 ですからあまりそれにこだわるといけないと、最近ちょっと反省していますが、基本的な考えは、弁を直したい、 弁置換をするのなら子ども達ができるだけ大きくなってしたいと思います。 フォンタン手術のフォローアップが、平均6年くらいで、病院死亡が3例、遠隔死亡が8例あります。 全体で今95%の子が10年ちょっとくらい生きています。これは20年先、30年先が同じようになるか、 どんどん減っていくのかというのはわかりません。遠隔期に問題となるのはやはり不整脈。発作性の頻脈が問題となります。 これらは無脾症、多脾症といった疾患群に多いというのははっきり分かっています。 房室ブロックのためペースメーカーを植え込みしたり、たんぱく漏出性腸症になったり、 房室弁の逆流を起こしたり、というのも遠隔期合併症であります。
 今は再手術というのは非常に少なくなっています。それは小児科の先生がインターベンションをされるからで、 術後に肺動脈が少し狭いと言われれば、ここに今来ていますが、大月先生とか、 倉敷中央病院の新垣先生とか脇先生が、殆どバルーンをしたり、ステントやコイルを入れて治療してくれるので、 単独で手術するのは非常に少なくなりました。側副血管もコイルで閉じてくれますので、これも単独で手術するのが非常に減りました。
 さて皆さんに面白い統計をお見せしましょう。2002年に日本循環器学会雑誌に出た統計ですが、心臓病で産まれてきた子ども達の死亡率です。 数が一番低い地域が成績が一番良いということですが、なんと中国四国地方が一番死亡率の低い地域になります。 調べられたのは関東の先生ですが、関東が東北・北海道に次いで2番目に悪い成績だとは夢にも思わなかったと言っておられました。 東京、関東が一番進んでいるとは限らないのです。先天性心疾患というのは、手術が上手ければ良いというものではなくて、 手術の前後の管理とか、色々なものが良くないと子ども達は助かりません。チーム医療の最たるもので、 一番レベルの低いところに成績は来てしまいますので、全体のレベルを上げないと、子ども達は助かりません。
 ICUの滞在期間は長ければ長いほど家族のストレスが増えてくる、これは当たり前のことですね。ICUを1日ですぐ出れば、 家族の方のストレスが非常に少なくて済む。5日以上になるとやはり、家族の方のストレスが非常に増えてくる。 勿論心臓病児が一番ストレスを受けるわけですが、次にご両親ですね。それから、おじいちゃん、おばあちゃん、弟と妹といった家族で、 その次が病院のスタッフとか学校の友達とかその辺になります。今の医療は一番ストレスのかかる患者さんだけでなく、 その家族も支えなければいけないのですが、なかなか日本では出来ていないと思います。 それから、今は心臓手術後の精神発達障害の調査がアメリカを中心にして行われています。 この表はフォンタン手術を受けた子の精神発達障害IQスコアーです。心臓の手術をして、 知能とか色々な行動が普通の子ども達よりも劣っていれば、手術としてあまり良くないわけですね。 この調査ではフォンタン手術の子は、正常の子とほとんど変わりません。IQが変わるのは新生児期に手術をする子です。 昨年、日本小児循環器学会で一番いい発表と言われたのが、 福岡こども病院から出た左心低形成症候群に対するノーウッド手術は知能障害を助長するというものです。 これが一番良い発表と言われたので、僕は大反対しました。これはノーウッド手術自体がIQを悪くするのではなくて、 ノーウッド左心低形成症候群の子ども達は、手術の前から状態がものすごく不安定で、頭に酸素化された血液がなかなか行かない、 そして血圧が下がったり上がったりする。また手術後も循環動態が不安定で、ひどいときには心臓マッサージを必要とする。 このような子どもがまだまだ多いので、このような術後の循環不良の方が色々な脳障害を起こすもっと大きな原因であると私は思います。 術後血圧が充分あり、おしっこがどんどん出て、それから3−4日後に胸を閉めて1週間後にICUから落ち着いて病棟に帰る。 そういったノーウッド手術を日本中でどのくらいの施設がやっているのかというと、そんなにやっていない。 大抵はものすごく難しい時期を越えて、時にはマッサージをしたりする。ですから、手術後にASDとかVSDとかと同じように、 循環動態がびくともしないような状態を作れば、左心低形成症候群の子ども達が術後色々な脳障害を起こすとは思いません。 もう一つは、無輸血手術です。輸血をできるだけしないで手術したいというのは誰でも思うわけです。 しかし、ボストン小児病院などでの動物実験でもはっきり出ていますが、ある程度までの無輸血はいいですが、 それを超えて血液が薄まりすぎると、術後その子たちのIQとか、情緒や行動面での色々な障害というのが起こる可能性が高いということが言われています。 これは学問的にはっきりしています。子ども達は生きますが、脳障害を起こしては見もふたもありません。 ただ見た目には分からないので厄介です。ですから我々はそういう無理なこと、 学問的に証明されている危険なことをできるだけしないというのが大切でしょう。
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 最近の進歩は、胎児エコーはすでに現在日常的に使われていて、次々と心臓奇形が診断され、 アメリカなどの一部では胎児治療もされています。我々のところでもお母さん方が、 母体のままで搬送されて病院に来られています。母体搬送の方が、産まれたばかりの子ども達を運ぶよりはるかに安全です。 これはフィラデルフィア小児病院ですが、世界のトップの病院というのは全然違っていて、 手術場の中にこのようなリストがあります。多くは左心低形成症候群ですが、複雑心奇形ばかりです。 こういう子が今何処に居て、小児科の主治医は誰で、外科は誰が手術する、紹介の小児科の先生は誰で、 出産予定日は等々、全部書いてあります。これだけのリストがあって左心低形成症候群などの手術を計画的にやっているわけです。 これが世界のトップレベルです。
 これは胎児診断で分かった例ですが、心臓が外に飛び出している心臓脱という病気で、臍の緒が付いていますから、 帝王切開で今生まれたばかりですね。そこで小児科の先生がエコーで見て確定診断を付けて、そのまま手術するわけですね。 この間、インドネシアで心臓脱の子が生まれたので来て欲しいと要望されて急に行きました。 この子はラッキーにも皮膚が被っていましたから、1、2ヶ月待てました。岡山大学からはチームで行きました。 麻酔科医から看護師まで全部連れていきます。向こうの先生も来られて共同で手術しました。この子は上手くいって、 その後形成外科の先生が皮膚の形成をして、今は元気で過ごしているということです。 心臓脱というのは不完全型とかはいっぱいあるんですけれど、このように心臓が完全に外に出ているというタイプが、 手術して生きているという発表はこの子を含めて世界中で1例か2例です。
心房中隔欠損症は先程言いましたが、今我々のところではほとんど手術することはありません。 径を図って出来る症例はカテーテルで全部閉じてしまいます。今はCDイメージなどで、 ASDの大きさ、格好、周りがどうなっているのかということがほとんど分かります。 アンプラッツァという傘のような器械を左房に入れて、右房側からのもう一個で挟み込むようにして、閉じてしまいますから、 入院は2泊3日くらいで帰れます。こうなるとどう考えても外科は敵わないです。またこの治療に適した子ども達も沢山います。 今、岡山大学では100人以上の子にアンプラッツァを入れていると思います。大体大人の方が多くてほとんど成功します。
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 それから先ほど言いましたが、肺動脈の逆流が悪いのでカテーテル的に肺動脈に弁付導管を入れるのが、 ロンドンではすでに盛んに行われています。まだ、日本では認められていません。遠隔期の成績というのもそのうち出てくると思いますが、 重症例で心臓の手術をすること自体が非常に難しいという子どもたちには良いと思いますが、 実際の弁自体は未だ、まだ今外科で使っている方が質が良いと思います。 こういうのを入れたほうが良いという子どもたちもかなり出てくるという可能性も沢山あります。 左心低形成症候群の手術も、いわゆる旧式なノーウッド手術から、右心室−肺動脈シャントが出てきましたが、 今はハイブリッド治療といって、最初に両側肺動脈のバンディングをして、動脈管にステントを入れて、 それから3−4ヶ月後にノーウッドと両方向性グレンの手術をするというのも盛んに行われるようになりました。 これが新生児期を大きな手術をせずに乗り越えるので良いと言われてきましたが、 最終的な結果はほとんど変わらないという報告が出てきました。どちらがいいかは、 手術がどうかだけではなくて、遠隔期の成績、すなわち手術で生きるか死ぬかだけではなくて、 10年とか20年後にどっちがいい条件で生きるかによって決まってくると思います。 我々の目標はいくら心奇形を持った子でも、手術後は普通の子と同じように生活することですから。
 医者としてできるのは、手術ですが、それだけでは済まされない問題があります。 現在は立場上、心臓血管外科、胸部外科、小児循環器などの学会の理事になっています。 そういう所にいて手術以外のことをしていると、手間のかかる新生児の複雑心奇形の治療を真面目にやっている施設が 赤字でこども病院がつぶれていくという問題に直面します。これはやっぱり医療制度がおかしい。 簡単な手術をやってもうければいい!こういうことがまかり通ることがそもそもおかしい。 たまたま2年前に厚生労働省から相談があり、こう言いました。 私は保険点数や診断分類などの交渉を学会から好きにしていいと言われましたので、 わずか3ヶ月しかなかったのですが交渉しました。最後は直談判するしかなかったのですが、 結局向こうが根負けして先生の好きなようにしてくださいとなったので、診療報酬を変えることが出来ました。 今はたぶん複雑心奇形などの心臓手術は以前の倍以上の診療報酬があります。 でもそれで病院の赤字が解消されたかというと、まだされてはいません。 大赤字がやっと少しの赤字になっただけで、小児心臓外科医の肩身の狭い思いがやっと少し肩身が狭くない位のところにきただけです。 頑張っていれば頑張っている人にそれだけ報いるような医療制度がないといけないと思います。
 外国に行っていつも思うのは、日本の施設があまりにも貧弱だということです。 外国では外科医は肝心な手術をしていれば、あとは周りの人がカバーしサポートしてくれます。 お前たちは良い手術をすることに全力を挙げろ!です。日本は非常に遅れています。 岡山大学もなんとかそれをしたいと思いました。一番簡単な方法は私が決められる立場になることで、 ですから副病院長をしています。もう5年になります。平成20年に新しい病棟が完成します。 そうするとそこにICU、CCU(CCUというのは岡山大学ではChild Care Unit:子どもの心臓専門病棟)が18床増床になります。 その後中央診療棟、手術場を造ります。平成20年4月からは新病棟の2階に外科と小児科合同の小児循環器と名前を変えた病棟になります。 そこに28床の病室と、小児の心臓専門ICUを8床作ります。手術場にあるCCUが8床ありますから、 小児循環器ICUが今の倍の16床になります。プラス大人のICUも6床出来ます。今たぶん日本中で、 子どもの心臓だけで16床のICUを持っている病院はないと思います。世界ではボストン小児病院も16−20床位、 メルボルン小児病院は一般のICUも全部合わせて20床のICUで、その半数以上は子どもの心臓で使いますから、 だいたい15、6床は使っています。来年にはそういう世界の一流施設とあまり変わらない施設が出来ます。 文部科学省に直談判した時は、最初はびっくりされましたが、しばらくするとOKが出ました。 新しい手術場は心臓外科専用の手術場が3部屋です。4年後には出来ます。 それが私の最後の岡山大学の若い先生と岡山大学、さらに患者さんへの御礼です。
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 心臓の手術では特に複雑心奇形では、手術を1回すればすべて終わりではありません。 ですから今からは成人の先天性心疾患が増えてきます。 2020年には成人の先天性心臓疾患患者が子どもの手術より多くなると世界中で言われています。 また今からは、精神発育障害などの合併症を出さない、正常な子どもと同じように成長する手術をしないといけない。 今まで手術して助かったと喜んでいた子の中を調べてみると、かなり多くの確率でなんらかの障害がある。 ひどい子もいますし、軽い子もいます。絵を描かせてみたりするとはっきり判ります。 普通の子と違った変わった絵を描く子が結構たくさんいるということが判ってきました。 これに対してアメリカ政府がものすごい金を出しています。日本はゼロです。
 昨日も何人かの方にお話しましたが、私たちはプロの医者です。プロは腕が違います。 日本ではその報酬に差がありません。ですから日本はそういうプロ意識が非常に低い。 また私の持論は大学は一番進んでないといけない。でも残念ながら日本では、 大学病院が臨床の施設が必ずしも進んでいる施設とは言えません。 24時間の急患を受け付けている病院はほとんどありませんし、そのような制度も作っていません。 公的な病院だからこそ24時間手術や治療をするのが当たり前の話なのですが。 私も最初のころはかなり喧嘩をしました。そのおかげで今は岡山大学もかなり変わってきました。 例えば、夜中に急患の手術をすると言っても反対されることはほとんどありません。
 日本の心臓手術施設は500以上あります。500以上あって、たった5万件です。 週に1例これが3分の1以上の施設です。こういう施設で難しい手術をしましょうと言われても、 この人たちはほとんどアマチュアです。週に1例している人と、週に10例手術している人とどれだけ腕と知識が違うのか、 当然10例の方が腕と知識が良いに決まっています。
 もう一つ最後に私が今興味を持っているのが、国際交流です。例えばインドネシアは日本の倍の人口がいますが、 心臓病の子どもの手術が出来る施設は1ヶ所です。手術を受けられる子は2万人の中のたったの400人、 あとの子は治療さえ受けられない。そういう子どもたちがアジアにたくさんいます。 日本で1万人弱なら中国には13万人いるんです。心臓手術はしようとしても一人では出来ません。 それに一人で出来る症例数は微々たるものです。多くの子どもたちを助けようと思えば、医者を育てる方が早い。 一人育てれば症例数は倍になります。その人たちがまた次の人たちを育てれば100倍とか1000倍とかになります。 今、戦争しているミャンマーから2年前に1人の子が来ました。岡山にはAMDAというNGOがありますから、 このAMDAと一緒に東南アジアで手術を受けられない子どもたちを、岡山大学で無償で治療しましょうということに決めました。 医療費は要りません。AMDAが日本まで連れてくるところまでは面倒みて、心臓手術は岡山大学が、 アジアの国々の貧しい子ども達を無償で引き受けて、治療をして帰そう、というのが今の方針です。
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 私は今これだけのことが出来るようになりましたが、それはすごく多くの人にお世話になっているからです。 その中で一番感謝しているのは、馬場先生以下倉敷中央病院の先生方です。普通の病院では考えられないバックアップをしていただいています。 それだけのバックアップをされているわけですから、それに応えられなければならないと思っています。 それから岡山県の心臓病の子どもを守る会の方々、これだけお世話になっているんですから、こういう人達にも恩返しをしないといけません。
 最後に私が手術をして治した子、私だけの責任じゃないですが、この子たちが大きくなって、 そしていろんな悩みがあるようなときに、小児科も含めた我々チームで一緒になってこの子たちの悩みや、 相談に乗れればと思っています。成人の先天性心疾患患者の持つ問題、たとえば妊娠や出産などについても、 興味を持ってやってくれているスタッフをそろえたチームを作りたいと思っています。
長くなりましたが、ご静聴ありがとうございました。

  
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